活動休止のお知らせ
SAEKOを応援してくださる皆さんへ (2022年7月)
Saeko です。本日は皆さんに悲しいお知らせを伝えねばなりません。
昨年12月より解決策を探してきましたが、ドイツ滞在許可(ビザ)延長に関する多くの問題に直面し、7月に日本帰国しました。ドイツでネットワークを広げて欧州ライブ活動(勿論、その後は日本公演)に繋げたかったのですが、過去二年のコロナによる規制、更にギタリストのグィド・ベネデッティがSAEKO継続に必要な時間を確保しづらくなってきた事もあり、ここは一度ドイツから引き揚げようと結論しました。非常に残念ですが、諸問題に対応すべく、新ギタリストを探す事も視野に入れ、落ち着いて態勢を立て直そうと思います。
ビザと言えば、2002年〜06年のハンブルグでの第一次SAEKO活動時(1stと2ndアルバムを世界リリースした頃)も、滞在許可延長の難航は活動停止要因の一つとなりました。当時はドイツ及び日本とのレコード会社との契約に加え、ドイツ音楽プロダクションに専属アーティスト所属していたにも関わらず、延長がかないませんでした。前回の問題を踏まえ、今回は更なる注意を払ったつもりでしたが……おそらく一個人の”アーティスト”としてドイツに滞在し続けるのは、余程大きな売上をあげない限り難しいのでしょう。
それでもやはり、私は欧州で活動を続けたい。なぜなら、あくまで私個人の経験範囲に限った発言となりますが、個人主義の欧州と集団主義の日本では、アーティスト一人に与えられる“表現の自由”の度合いに大きな差を感じるからです。詳細はこちらに書いています。日本でオファーを断り続けてきましたが、真に純粋な自己表現活動として音楽制作したい私にとって、欧州で得られる“表現の自由”は最も大切な要素であり、これ抜きには活動を考えられないのです。勿論、帰国後も日本で時々ライブをしたり、音楽活動は続けられますが、私のような頑固な理想主義者が活動できる場所は、欧州に比べて限られてしまうでしょうし、自分の性格上、アルバム制作だけで満足できるとも思えません。となると、尽きることのない私の自己表現への衝動、多くの人と感動を分け合いたいという衝動は、はけ口のないまま、私の魂を追い詰めるでしょう。
そんな訳で、ここ数ヶ月ずっと悩んでいました。“アーティスト”以外の条件で欧州滞在許可を取れば、最初は難しくても、将来ツアーに繋げられるかもとも思います。例えば、欧州の国営機関、大学や研究所などに所属すれば良い訳です(実際、過去にオランダの大学院に所属していた頃は、それなりの部屋に住めましたが、ここ数年はベッドと机と窓一つだけの小さな部屋にしか住めませんでした)。勿論、大学や研究所のポストに簡単に就ける訳ではありませんが、でも、私は運命に降伏したくない。もう一つの方向として考えられるのは、日本に残ったまま、新たな枠組みによる国際的な活動を支えてくれる同志達を探すか。どちらにしても難しい道となるでしょうし、しばらく音楽活動を”お休み”して、次の方向性を決めたいのです。せっかくアルバムを出した今、活動を停止するのは、私自身、非常に辛く悔しい。ストレスのせいか体調も崩してしまいましたが……でも、私は、妥協なく、心の炎を燃やし続ける生き方を模索するしかない。
少し回り道になりますが、私の音楽活動が完全停止する訳ではありません。次の目的地へ準備しながらでも、時間やお金、私の健康状態が許せば、シングルやミニ・アルバムをリリース出来るかもしれないし、一人でも待っている人がいる限り、そうしたい。
最後に、3枚目のアルバム”Holy Are We Alone(我等独尊)”を完成させるのに力を貸してくれた皆さん、中でも、頑固者の私を思いきり自由にさせてくれた制作陣、メンバー(マイケル・エーレ, アレッサンドロ・サーラ and グィド・ベネデッティ)、V. サンチューラ(エンジニア)、Mari(グラフィック・デザイン)、レコード・レーベル(キングレコード、 Pride & Joy Music)に深い感謝を捧げます。そして、アルバム・リリース直前に事故で他界した、SAEKOのかつてのマネージャー、ラーズ・ラッツに。
We will never surrender.
私の夢の実現に力を貸してくれて、本当に本当に有難うございました!
追伸:昨年のアコースティック・ライブを録画しているので、近いうちに編集して YouTube にあげたいと思っています。ホーム・ビデオとスマホでの録画なので品質は今一ですが、楽しんで貰えると嬉しいです🤗
2022年7月19日